高橋成美 フィギュア選手時代の経歴       トップアスリートを家族がどう支えたか

Parent helping child put on ice skates outside Asahi Sports Center; reception hours 6:00–22:00. 未分類
A parent helps a young skater put on ice skates outside a rink on a snowy morning.

最近テレビでよく見かける、元フィギュアスケート選手の高橋成美さん。天然キャラでありながら、7か国語を話せる才女としても有名ですよね。でもそれだけではないようです。

今回私は、そのアスリート人生が気になって調べていくうち、高橋さんの幼いころから努力家なところや、その輝かしい経歴に感心するとともに、彼女を支え続けたご家族の姿に、自分の子育ての在り方を思わず振り返ってしまうような部分をいくつも見つけてしまったのです。
これは他の子育て中の方々にも是非読んでいただきたいと思い記事にまとめてみました。

フィギュアスケート選手時代の経歴

1992年1月15日、千葉県に生まれる。

3歳の時、当時患っていた小児喘息の改善のため、姉もやっていたスケートを始める。


父の転勤で中国へ渡り、12歳まで女子シングルの選手として競技会に出場し、その後ペアに転向。

さすがアスリートだけあって、3歳からスケートを始めていますね。始めた理由が体のためだったというところに親の愛が感じられます。
高橋さんのすごいところは、そのままスケートにのめりこんで、努力すればどんどん上のステージへ行けることを幼くして習得してしまったということです。
中国へ渡ったあたりから、7か国語話者への道も開けたのでしょう。

主な戦歴

2006年 全日本Jr.選手権1位
2007~08年 全日本Jr.選手権1位など
2008年~09年 全日本選手権1位、JGPジョンカリー記念3位など
2009~10年 全日本選手権1位、世界Jr.選手権2位、JGPファイナル2位、
       JGPトルン杯1位、JGPレークプラシッド3位など
2010~11年 全日本選手権1位、GPNHK杯3位、GPロシア杯2位、
       世界Jr.選手権3位など
2011~12年 世界選手権3位、全日本選手権1位、GPNHK杯2位など
2013~14年 冬季オリンピック18位、冬季オリンピック団体戦5位
       全日本選手権1位など
2014~15年 全日本選手権1位など
2016~17年 全日本選手権4位など
2017~18年 全日本選手権2位、アジアフィギュア杯3位

ほぼ毎年のように、こんなにたくさんの試合や大会に出場して好成績をおさめていたということは、その裏には、毎日何時間もの努力の積み重ねがあったのだと、スポーツマンでも何でもない私でも容易に想像できます。プレッシャーも大きかっただろうなと。

現役引退からタレントへ

2018年、日本スケート連盟に引退届を提出し、現役を引退

2019年、アイスホッケーに転向、昭和大学のクラブチーム「ブルーウィンズ」の一員となる。

2020年、松竹芸能初の元オリンピック選手の所属タレントとなる。

2021年、日本オリンピック委員会(JOC)の理事に選出された。

2023年、日本オリンピック委員会(JOC)の評議員に選出された。

現役を引退した後も、タレントや解説員として、インパクトのある活躍を続けている高橋さんはバイタリティーにあふれた、エネルギーの高い人ですね。燃え尽き症候群にはならなかったようですね。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E6%88%90%E7%BE%8E

トップアスリートを支える家族の姿

献身的なハード面でのサポート

幼少時代の高橋さんは、スケートのために13回も転校しており、朝と放課後は練習のために送り迎えが必要で、姉と練習時間が少しずれていたため両親は学校とスケート場を4往復もしていたのだとか。練習のためならどんな苦労もいとわない、なんて献身的なご両親だろうと、驚きの連続です。

また、上のレベルにいくほど、費用の負担は増えるもので、アイスリンクを貸切るのに、90分で6万円!コーチ代はもちろん別途必要で、さらにフィギュアスケートをやるには、スケート以外にもクラシックバレエなど色々なレッスンに通わないといけないのだとか。もう、一般人には到底難しいような額ですよね。

プレッシャーにならない支え

実質的なハード面でのサポートもこれだけこなしてきた高橋さんのご両親ですが、実はメンタル面でのサポートもかなりきめ細かく行っています。

よく、アスリートの方の親もアスリートだった、というケースがありますが、高橋成美さんのご両親はフィギュアスケート競技経験者ではありません。
アドバイスができない代わりにいつも余計なことは言わず、自然体で接したといいます。

上位の成績のかかった試合や海外遠征の前も、送り出す言葉はいつも「いってらっしゃい」だけ
ただ大好きなスケートをして帰ってくるだけのような、一貫性のある対応は、変に気負わずに済んだ、と高橋さんは語ります。
できなかったらダメ、ではなく、一緒に応援するチームメイトのようだったと。


一方で母のゆき子さんは、プレッシャーに押しつぶされそうになっているときに、自分のひとことがずっと(高橋さんの)耳に残るかもしれないことを配慮して、常に言葉を選んで接することを決めていた、と言います。

また、高橋さんがスランプに陥ったときは、落ち着いたカフェなどに連れ出し一緒に好きな読書をしたそうです。

これ以上メンタルを追い込むことや、オーバートレーニングを防ぐためにリンクを離れる時間が必要だったと、高橋さんは振り返っています。

ゆき子さんも心得たもので、落ち込んでいるときに口で何を言ってもなかなか回復するわけでもなく、自分の力で乗り越えるしかないと思い、休みの日はなるべく家にいないでカフェなどに連れまわして関係ない話などをしたそう。

心配でたまらない中、自分の感情を少しも漏らさず、むしろ言葉以外の方法で優しくケアをするという、これがなかなか難しいんですよね!そう、こんな時こそ、言葉じゃない。頭では分かっているんですが、自分事になると感情が入ってしまって余計なことを言ってしまいがちです。

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=OdPin94PbCE&t=140s

まとめ

うちの子供はアスリートどころか、特にスポーツなどに打ち込んでいるというわけではありません。でも、生きていくには大なり小なりプレッシャーや困難を乗り越えることが不可欠です。

距離を詰め過ぎず、離れ過ぎず。いつも心では寄り添って、言葉ではないやり方で気遣う。


高橋成美さんとそのご家族の関係は、我が家をはじめ多くの家族関係を考えるきっかけになりそうだな、という気がしてなりません。いつも完璧にとはいきませんが、まずはできるときだけでも
一呼吸おいてから子供と向き合うように心がけたいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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